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東京地方裁判所 昭和40年(手ワ)1986号 判決 1968年5月15日

原告 吉橋計

右訴訟代理人弁護士 長戸路正行

右復代理人弁護士 大平弘忠

被告 日本競馬輸送株式会社

右訴訟代理人弁護士 鈴木重信

右復代理人弁護士 国分昭治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し金一九五万円および内金一六五万円に対する昭和四〇年七月八日以降内金三〇万円に対する同年四月二七日以降右完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり陳述した。

(一)  原告は被告の振出した別紙手形目録記載の約束手形各一通の所持人であるところ、右目録記載1および5の各約束手形は満期に支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶された。よって右各手形金およびそのうち1ないし4の手形金に対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和四〇年七月八日以降右完済までの法定利率による遅延損害金5の手形金に対する満期日以降の法定利率による利息の支払を求める。

本件各手形はいずれも鯨岡忍(旧姓美濃部・本件分離前の相被告)が被告を代理して振出したものである。即ち、右忍は被告会社の営業部長で配車集金等の業務を担当していたものであるところ、営業部長なる名称は商法四三条にいわゆる番頭、手代にあたるものである。そして忍は昭和三九年二月から八月頃までの間は金銭の貸借等についても代理権をもっていたのであり、従って被告を代理して約束手形を振出す権限を有していたもので本件手形は右の期間内に振出されたものではないが右の期間内に振出された約束手形の書替手形であり当初の振出手形につき代理権ある以上書替手形振出について代理権を有するものである。なお、右各手形の振出については被告の従業員である青木源二も立会っておったところ青木源二と右忍の二人で船橋競馬場における被告の業務を担当していたのであるから、被告は本件手形振出を認めていたものである。

(二)  仮りに右忍に被告を代理して本件手形を振出す権限はなかったとしても、次の事由により、被告は民法一〇九条により、本件手形につき振出人としての責任がある。即ち前述のとおり、被告は忍に営業部長という名称を与えており、したがって、被告の通常業務(即ち馬の輸送業務)を遂行する権限を与えたことを表示したものであり、しかも金銭を受領する権限を与えていたのであるから、右忍に対し手形振出の代理権を与える旨を表示したものというべく、本件手形振出は右代理権の範囲に属するものである。

(三)  仮りに民法一〇九条の適用がないとしても被告は同法一一〇条により被告は本件手形につき振出人としての責に任ずべきものである。即ち、前述のとおり鯨岡忍は被告の営業部長であり、青木源二とともに船橋競馬場において被告の業務に従事し輸送代金等の金銭受領権を与えられており、右青木も立会って本件手形が振出されたところ、右忍は被告の会社代表者美濃部権輔の娘婿であり、右美濃部は区会議員として被告の会社業務は専ら右忍らに委ねられていたから、原告は本件手形振出について忍に代理権あるものと信じていたものであり、右のごとく信ずるについては正当の理由あるものというべきである。

(四)  仮りに右忍が昭和三九年九月以降は右金銭を扱う業務について代理権を剥奪されそれが故に右各法条の適用がないとしても、忍は対外的にはその後も同様に行動していたのであるから、原告において前述のごとく忍に代理権あるものと信ずべき正当の理由がある。よって被告は民法一一二条によりその責に任ずべきものである。

(五)  仮りに以上すべて理由がなく被告に手形上の責任が認められないとしても被告は民法七一五条により使用者として本件手形振出につき損害賠償の責任がある。即ち、鯨岡忍は被告の従業員であり営業部長で常日頃船橋競馬場において青木源二と馬の輸送代金受領等の業務に従事していたところ、被告が右代金受領の際領収証の押印に使用していた印形を用いて本件手形を作成しこれを交付し従業員の支払にあてるためと称し原告から二ケ月分の利息を天引し金借し、合計金一六三八、〇〇〇円を受領したのである。右は被告の事業の執行に関し、被告の振出名義の手形を偽造し原告から右金員を詐取したもので原告は同額の損害を蒙ったものである。被告は原告に対し右金員を賠償支払う義務がある。

被告は主文同旨の判決を求め次のとおり答弁した。

(一)  請求原因(一)の事実について

原告主張の本件各約束手形について鯨岡忍が手形振出の代理権を有していたとの事実を否認し、その余の事実は認める。右忍は配車業務が主であり、時には輸送代金の集金をも行なっていたが、被告の経理業務を担当した事実なく、手形振出について代理権を有するものではない。

(二)  同(二)の事実について

被告において鯨岡忍に手形振出の代理権を与えた旨表示した事実なく、原告の主張する事実からは手形振出の代理権授与の表示あったものとは言えない。

(三)  同(三)の事実について

本件手形は忍が原告から賭博による負債支払のためといって借り受けた借金支払のために振出されたものであり、原告も右賭博に参加していたのであるから本件手形振出について忍に代理権なきことを知っていたものである。昭和三八年頃本件手形書替前の旧手形の一部を銀行に振りこんだ際印鑑相違の理由で返却されていることによっても明らかである。

(四)  同(四)の事実について

忍は手形振出について終始代理権を有しなかったものであるから民法一一二条の適用をみる余地はない。

(五)  同(五)の事実について

忍の本件手形偽造は自己の個人的費用を賭うために借金すべくなしたもので被告の事業の執行とは無関係である。

損害額の主張についてもこれを争う。

忍は原告から(イ)昭和四〇年四月二三日金三五万円を、(ロ)(加藤忠五郎と連帯し)昭和三九年二月二七日金八〇万円を(ハ)昭和三八年四月一日金五〇万円を、(ニ)昭和三九年二月二九日金三〇万円をいずれも利息月八分の割合によって借受ける際これが支払のために約束手形((ロ)については金額金五〇万円と三〇万円の二通)を作成交付しこれら六〇日毎に書替えてきたところ、本件手形のうち別紙目録記載1の手形は右(イ)、2の手形は右(ロ)のうち金五〇万円、3の手形は右(ロ)のうち金三〇万円、4の手形は右(ハ)、5の手形は右(ニ)の借受金について振出された書替手形であるところ、忍は1の手形に相当する借受金については金二三二、〇〇〇円、2の手形に相当する借受金については金二四万円3の手形に相当する借受金については金九六、〇〇〇円、4の手形に相当する借受金については金四〇万円、5の手形に相当する借受金については金三三、六〇〇〇円を利息として支払っているから、原告の損害額はこれらを差引き金六四六、〇〇〇円に過ぎない。

(六)  被告に使用者責任の認められる場合にも重大な過失があるから相殺されなければならない。即ち、その事由は次のとおりである。

(1)  原告は右忍とともに賭博行為に参加し、右賭博による忍の返済資金として貸付けその支払のために本件手形を受領していること、

(2)  前述のとおり本件手形に書替前の旧手形が印鑑相違で返却されているに拘らずなお手形を受領してきたこと。

(3)  被告兼振出名義の手形について一度も照会せず取引銀行に対する照会もしていなかったこと。

立証<省略>。

理由

原告主張の本件約束手形はいずれも鯨岡忍が被告会社代表者美濃部権輔の記名押印をして振出したものであり、これを原告が現に所持する事実は当事者間に争いがない。

しかるところ、右各約束手形はいずれも鯨岡忍が権限なくして被告の会社代表者の印章を冒用して作成した偽造のものであること<証拠省略>により明かであるから、右忍に本件手形振出について代理権あることを前提とする原告の主張は採用しない。原告主張の右忍が営業部長であったという事実や、右忍が被告を代理して金銭を受領する権限をもっていたという事実、被告の従業員青木源二が本件手形書替前の旧手形(原告の主張する趣旨はこのように解する。)振出交付に立会っていたという事実によっては手形振出の代理権あったものと確認することはできない。のみならず<証拠省略>によれば右忍の業務は営業部の管理者を思わせる肩書こそあったが主として配車を担当していたに過ぎず経理部門は増淵新治が担当し、輸送代金の受領も青木源二の所管であったことが認められ手形振出について代理権あったものとみることはできない。

次に原告は被告は右忍に対し営業部長という名称を与えもって手形振出の代理権を授与した旨を表示したものであるというが、営業部長という名称は一般に手形振出の権限あることを示す名称ではなく、また、手形振出権限を与えた旨の表示とみるべき事実はないから原告の右主張も採用しがたい。

さらに、原告は、被告は民法一一〇条により振出人としての責に任ずべきであるという。しかしながら<証拠省略>を綜合すると、鯨岡忍は原告から金借するに当り、その返済のために被告振出名義の約束手形を偽造して交付し、その後二ケ月毎に書替を継続し最後の書替手形が本件各手形であるがその間原告は利息支払のために鯨岡忍振出の約束手形の交付を受けたことが屡あり、本件手形に書替える以前の旧手形を銀行に振込んだところ、印鑑相違で返却されたに拘らずその後の書替手形も依然として従前の印鑑を押捺されたものを受領し、しかも、金融を業とする原告が被告ないし支払銀行に対し振出の真偽の問合わせもしくは印鑑の照合という措置をとらなかったのみならず被告に対し貸金の請求もしていた形跡もないこと、一方鯨岡忍は前記のように管理職の名称こそ与えられ、かつ被告会社代表者の娘婿であるが、単に営業部の管理者というに過ぎず他に専務も居り、金借当時僅々三〇才にも満たないもので賭博による多額の負債に苦しんでいる(原告が参加した賭博もある。)ことも原告は知っていると思われることが認められるので、原告は、本件手形はもとより従前の書替手形当初貸付時の手形についても鯨岡忍が権限なくして振出したものであることを知っていたものと認めるのが相当である。右認定に反する原告本人尋問の結果は措信しがたく他に右認定を左右するに足る証拠はない。しからばその余の争点につき判断するまでもなく民法一一〇条を適用すべき限りではないので原告のこの点の主張も採用しない。

次に原告は民法一一一条により被告は振出人としての責に任ずべきであるというのであるが、右の理由により民法一一〇条を適用すべきでない以上同法一一一条の適用のみる余地はない。原告のこの点の主張も採用できない。

次に、原告は、被告が手形上の責任を負わないとされる場合の予備的抗弁として民法七一五条による責任ありという。

ところで、手形偽造により、偽造者の使用者が民法七一五条による責任を負担するのは、被害者即ち、偽造手形の所持人となったものが右手形が偽造であることを知らずに真正手形と信じ対価その他の出捐をなした場合であると解すべきところ、前認定のとおり、原告は本件手形および本件手形に書替えるまでの旧手形がいずれも偽造であることを知りつゝこれを担保として鯨岡忍に金銭を貸与したのであるから、原告がこれによって損害を蒙ったとしても、手形の偽造とは関係なく、その余の争点を判断するまでもなく被告に使用者としての責を負わせることはできない。

しからば原告の本訴請求は理由がないから失当として棄却する<以下省略>。

(裁判官 綿引末男)

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